ゴスペルを歌うわけ

ゴスペルを歌うわけ

美味しいものを伝えたい

実はここだけの話、美味しいうどん屋さんがあるのです。その店は、武家屋敷のような佇まいで、店内に案内されると大きな畳の間が広がっています。窓からは、日本庭園のような整えられた植栽が見え、まるで江戸時代にタイムスリップしたように思えます。

うどんのコシ、味、共にいうまでもありませんが、中でも美味しいのが「牡蠣の天ぷら」です。揚げたてで運ばれてくる大きめの牡蠣を、塩でいただくその味は絶品です。是非一度行ってみて欲しいお店です。そのお店は……と、美味しいお店や料理は誰かと分かち合いたくなるものです。

 

私にとってゴスペルは、同じような気持ちにさせてくれます。

 

大学卒業後、音楽の道へ目指すことを決めた私は、一人で上京しました。とにかく毎日の収入が必要だったので、日雇いのアルバイトを始めました。近くにトラックなどを扱う自動車工場があり、多くの場合そこへ派遣されました。自動車工場では毎朝、束になったタグが渡されます。そのタグには、「ネジ245個」「ギア5個」などトラックや自動車などの部品がかかれており、その部品を工場の中から探し集めてベルトコンベアーに流すという作業です。

例えばネジ245個の場合、小さいボックスに入れられているネジを手のひらにあけて、指で数えるのです。今考えるとなんとアナログなのでしょう! またギア5個の場合、数は少ないもののトラックの部品ですから重量があります。またサビ止めに油も塗っていますから、手で持つだけで油が体についてしまいます。一緒に働いているのは外国人労働者が多く、正直自分の中に、「自分はこんなところで何をしているのだろう」と彼らを見下していたイキガリNOBUがいました。

 

イキガリNOBUは、自信家でした。早々にこのような生活からは抜け出し、音楽の道が開けていくだろうと考えていました。ところが一日また一日と過ぎてゆき、何の変化もありません。油まみれになった服を毎日洗濯し、スーパーで¥90の特売チキンを買って翌日のお弁当を作る。お弁当といっても手間をかけない白米とチキン、以上! そして合間に音楽の練習をするという変わらない日々です。次第にイキガリNOBUは後ろに下がり始め、迷える子羊NOBUが台頭を表してきます。

 

Stand=耐え抜くことはできるのか?

あるとき、工場の仕事で疲れてお風呂に入っていたときのことです。波打たず静かにゆれるお湯の中、小さい浴槽につかる迷える子羊NOBUに不安の波が押し寄せてきました。


「一体いつまでこんな生活が続くのか。」
「私は音楽に向いてないのかもしれない。」
「東京に来たのが間違いだったのかも。」

そのような将来への不安に加え、自分がそれまでしてきた多くの過ちや間違い、上京することで多くの人を心配させ傷つけてきたこと。それらが突然、自分の心に溢れてきたのです。まるで、「あなたは最悪だ。もう退場しかない」とレッドカードを差し出されたように思えました。

 

その頃聞いていたゴスペルに、このような歌があります。

Through the Storm!
Stand!
Through the rain!
Stand!
After you’ve done all you can,
You just stand!

[日本語訳]
嵐の中でも!
耐え抜いて!
雨の中でも!
立ち続けて!
できることがもう見当たらなくても
そう耐え抜くのだ!

 

この曲は、ニューヨークの牧師「ドニー・マクラーキン」の《Stand》という曲です。魂の底から叫ぶように歌うドニーのこの曲は、壊れそうな私の心を何度も修復してくれました。

この歌詞だけを見ると、よくある応援ソングのようにも見えます。「大丈夫、また明日はやってくるよ!」と自分の力で何とか乗り越えていこうと歌っているようです。でも、立つことができないくらいに倒れてしまうときもあります。After you’ve done all you canという歌詞があるように、自分の力で頑張っても何も状況が変わらないことだってあるのです。できることは全てしている、いや全てしてきた。もう何をしていいかわからない。

一体どうして、そんなときにstand=耐え抜くことができるのでしょう。迷える子羊NOBUは、そのゴスペルの世界や、歌っている彼らのことがもっと知りたくなりました。

 

シカゴの教会を訪問

ちょうどその頃、大阪の知人から「シカゴにゴスペルツアーをするけどいかない?」とお誘いがありました。私は日雇い生活でお金にゆとりがなかったので断ろうとしたのですが、必ずよい経験になるから一緒に来た方がいいと強く勧められて行くことを決意しました。いつか本場アメリカのゴスペルを経験してみたい、そのいつかは「今、すべきだ」と感じたのです。

 

私が訪れた2000年頃のアメリカは、アフリカン・アメリカン(※1)に対する差別がまだまだ残っていました。地域によっては白人と黒人の住むエリアが分けられ、仕事がない人も多くいたと思います。

シカゴにある教会に着くと、そこはすごい熱気に包まれていました。生まれて初めて訪れた黒人教会です。タンバリンを叩きながら歌う人、ハレルヤと叫ぶ人、また泣き崩れる人などです。人目を気にする人なんて誰一人いません。

 

人の目を気にする、人に迷惑をかけないように生きるというという日本文化で育った私にとって、カルチャーショックでした。また、ゴスペルはただの音楽ではなく、彼らの一部であり、人生そのものに感じたのです。彼らの前に広がるのは、差別や雇用の問題です。それらの中には、自分の力や努力だけでは何ともできない問題もあるでしょう。

しかし彼らには聖書の神、イエスがいました。そのイエスが共にいるから、どんな境遇でも乗り越えることができる、stand=耐え抜くことができるのだと宣言していたのです。

 

私は、それは彼ら独特の考え方なのだろうか、私には関係がないことなのだろうかと考え始めました。

 

もしも自分の努力だけで目の前の問題、音楽の道を切り拓いていかなければならないとしたら頼りないものです。しかし私の隣に、未来や最善の道を知っている神がいるなら、stand=乗り越えることができます。

 

もしも自分のよい行いを重ねることで、これまでしてきた過ちや間違いをチャラにしなければならないとしたら一生かかっても無理です。なぜならこれからも間違いや過ちを犯してしまう可能性があるからです。人を大切にしていこうと考えを改めても、ほんの数秒後に人と肩がぶつかっただけで怒りが生じる自分がいるのです。しかしイエスが、その私の不完全さや過ちを代わりに解決してくれたとしたら。

 

アフリカン・アメリカンだろうが日本人だろうが、お金持ちだろうが貧しい者だろうが関係なく、ただただ恵みとして全ての人にその解決策を神が開かれているとしたら。その恵みを受け取るか、受け取らないか、ただそれだけです。それこそGospel=よい知らせ(福音)ではないでしょうか。

 

シカゴの黒人教会でのゴスペルは、迷える子羊NOBUを正しい道へと道案内してくれた気がしました。東京に戻った私は、聖書を学び、クリスチャンになる決意をしました。彼らにとっての神が真実なら、私にとっても神であるはず。イエスが彼らの重荷や罪を拭い去ってくださったのなら、この私の苦しみも罪も拭い去ってくださるはずと考えたからです。そして自分と同じような境遇の人がいるのなら、ゴスペルはその人の心を支えてくれる。

私は、美味しいお店を知らせたいと思うように、ゴスペル=良い知らせを伝えたいと思うようになりました。

 

あ、そういえば冒頭に紹介した美味しいうどん屋さんを知りたいですか? もちろんゴスペルを歌いにきたら、いつでもご紹介しますよ! そのお店が美味しいと信じて行くか、そんなことはないだろうと疑って行かないかはみなさん次第ですけれどもね!

 

※1 アメリカに住む黒人のことを、アフリカン・アメリカンと呼びます。ただし文脈や、わかりやすさなどからblack people=黒人と呼ぶときもあります。


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そのほかのお話

ゴスペルとの出会い

ゴスペルとの出会い

ゴスペルとの出会い 

ゴスペルとの出会いは、高校生のときでした。当時、洋楽が好きだったので新しい曲を仕入れるために、ラジオをよく聴いていました。今のように「洋楽 おすすめ」とインターネットで検索できなかったので、努力して好きな曲を探さなければなりませんでした。番組名はもう忘れてしまいましたが、ボズ・スキャッグス、ビリー・ジョエル、ビートルズの曲など、その番組をきっかけに知ることができた記憶があります。しかし問題は、その番組で曲が流れるとき、DJが一回しかアーティストと曲名を言ってくれないことです。

 

 

「OK、それではお聴きください。ボズ・スキャッグスで《We’re All Alone》です。」

 

 

「もうちょっとゆっくり話してよ!」と思いながらも、曲が流れる前に紹介されるアーティストと曲名を聴き取り速記しないといけません。もちろんアーティストと曲名は英語ですから、紙と鉛筆を片手に戦闘態勢です。「ボク・スカンクス?」と間違えて書いたこともあります。当たり前ですが、翌日CDショップでボク・スカンクスを探しても見当たるわけがありません。「あーいい曲だったのに、もう出会えない……」と、何度も敗戦を喫したことがあります。

 

 

ある日いつものように、ラジオで聴いた曲をレンタルしようとCDショップに行ったときのことです。ふと、GOSPELという言葉に目が止まりました。確か、ワールドミュージックのコーナーに置いてあったと思います。(今でもゴスペルは、CDショップでワールドミュージックというジャンルに肩身狭そうに置かれてあります。)私はその頃、学内でバンドを組んでギターボーカルをしていたので、「色々なジャンルを聴いておくことは勉強になるな」と思い、何となく良さそうに見えたゴスペルのアルバムを1枚レンタルすることにしました。

今ではハッキリと覚えていませんが、おそらくそのCDは、「Kirk Franklin(カーク・フランクリン)」という人の『Kirk Franklin & the Family』というアルバムだったのではないかと思います。

 

帰宅してCDプレイヤーにセットし、いつものように好きな曲を探そうと聴き始めた途端、すさまじい衝撃が走りました。涙が止まらなくなってしまったのです。

 

 

「一体この音楽はなんだ?」

 

 

涙が止まらないだけでなく、心の奥底というか深い部分をドンドンとノックされているような感情です。なぜそのような衝撃が走ったのでしょう。それまで聴いていたボズ・スキャッグスやビートルズとゴスペルとでは何が違うのでしょう。

 

 

衝撃を感じた理由

1. 曲のイントロや途中でMCがある
まず違いの1つ目に、ゴスペル音楽にはイントロや曲中でMCがあることです。例えばビートルズの名曲に《Yesterday》という曲があります。このイントロ部分で、ジョン・レノンがこんな風に話していたとします。

「さあ、心苦しんでいる人、困難にぶち当たっている人、聴いて。必ず夜は明けるから。さあ神を見上げてごらん。」

そんなことあるわけないと思われたでしょう。私も同じです。イントロでMCのある曲なんて聞いたことがありませんでした。でもゴスペル音楽にはあるのです。もちろん全て英語なので、高校生の私には何を話しているのかわかりませんでした。でも話している人は、とにかく熱かったのです。何か切羽詰まったような、それでいて温かさを感じる言葉だったのです。

 

 

2. 声の音圧がすごい
2つ目の違いとして、声の音圧がすごいことです。当時、洋楽のロックやポップス、R&Bなども聴いていました。それらの曲の多くは、1曲のほとんどを一人が歌うか、多くて3人くらいまででしょう。ところがゴスペルの場合、10人から30人の人が一斉に歌っています。しかも一人ひとりが、魂から叫んで歌っているようで、その音圧はスピーカーを超えて響いていたのです。

 

 

3. 曲中で泣いている人がいる
3つ目の違いとして、曲中で泣いている人がいることです。みなさんの中でこれまでに、泣きながら歌っている曲を聞いたことはありますか? 実際に想像してみてください。みなさんがCDを作る側だとします。レコーディングスタジオに入って、練習した曲を録音するわけです。歌詞を間違えないようにとか、音程を外さないようにとか考えて歌うでしょう。または気持ちを込めたとしても、レコーディングスタジオで泣くということはあまりないと思います。ゴスペルの場合、イントロから人が泣いたり、誰かに語っていたり、また曲中で叫んでいる人がいたりするのです。

 

今冷静に考えて、他の洋楽と違う点は上記のように挙げられると思います。しかしまだ残る疑問があります。

「彼らはなぜ泣いているのだろう? いや、私はなぜ泣いているのだろう?」

 

 

2人の自分

高校生の頃、私の中には2人の自分がいました。1人目は、何でもできるという「イキガリNOBU」、もう1人は、生きる本当の意味を探す「迷える子羊NOBU」です。

 

 

イキガリNOBUは、努力をすればなんだってやり遂げられると考えています。実際に、スポーツと音楽が好きだった私は、バスケット部と軽音部の両方に所属していました。今の私しか知らない人は、私が文化系一本で歩んできて、小さい頃から音楽教育を受けた少年だったと思うようですが、実際は音楽よりスポーツで進学を考えていたほどです。

確かに小学3年生くらいの頃までピアノを習っていました。しかし、外で遊びたい欲求の方が勝り、それまで習っていたピアノを放棄。ピアノよりも水泳、サッカー、バスケットなどスポーツの方に明け暮れていました。そして、何だって努力すればやりたいことは叶うと思っていました。

 

軽音部の方だって頑張りました。文化祭間近になるとバンドを組んで、放課後や土日に練習。文化祭本番では、スポーツ系の仲間たちが盛り上げてくれ、校内でも人気のバンドになりました。ところがイキガリNOBUのもう一面に、迷える子羊NOBUがいるのです。

 

 

迷える子羊NOBUは、自分は何のために生きているのだろう。生きるって何だろうと真剣に考えていました。良い学校に行くことが大切なんだろうか、学力がこの世の中の全てなんだろうか。私がいて誰かの役に立つのだろうか。そして、小さいときから自分がしてきた色々な悪いことに対する罪悪感が自分を襲うこともありました。そんな迷える子羊NOBUを隠すかのように、イキガリNOBUが存在していたのです。

 

ゴスペル音楽はそんな私の心を見透かすかのように、ノックしてきました。自分のしてきた数々の罪に対して言葉にならないほど大きな悔い改めが押し寄せてきたのです。

 

 

そして涙が止まらなかった。

 

 

不思議なことに、英語の歌詞を全て理解できていなかったのにもかかわらず、そのような気持ちになったということです。普通ならば、歌詞の言葉が心に響くはずです。でも当時は歌詞を聴いていても英語がわかりませんでした。それなのに、感動し心が動かされたのです。ここに歌の大切な要素が含まれていることに気がつきました。

もし歌う人が、本当に心から歌っているならば、歌詞が母国語でなくても伝わるのだということです。

ゴスペルの世界が私の心に響いたのは、歌っている人々の熱い信仰による歌声だったからなのです。

 

 

今はスマホで音楽を聞いています。特に車に乗るときはいつも、アメリカのラジオ「Black Gospel Radio」を流しています。このラジオ番組の良いところは、ゴスペルの古い曲から新しいコンテンポラリーの曲まで幅広く紹介してくれることです。「お、いい曲だな」と思ったら、コンサートで歌ったりゴスペルレッスンで指導したりします。昔も今も、好きな曲の探し方はあまり変わらないのかもしれませんね。

 

イキガリNOBUと迷える子羊NOBUは、今でも私の中で行ったり来たりを繰り返しています。でもその度にゴスペルは私を、いつも正しい道へと軌道修正してくれている気がします。もしも私と同じような人がいるとすれば、ぜひその方にもいつか、ゴスペルに出会って欲しいと願っています!


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